
目次
概要
このカテゴリーでは、原状回復実務の中でも特にトラブルになりやすい
「修繕」「清掃」「工事内容・範囲・業者選定」に関する論点を整理します。
原状回復工事は単なる作業ではなく、「次の入居者に貸せる状態へ戻すための合理的措置」であり、
その必要性・範囲・費用負担をどのように説明・整理するかが実務の肝となります。
結論
- 原状回復工事は「新品にする」ことではなく、「募集可能な状態へ戻す」ための最小限の工事です。
- 工事範囲・方法・業者選定は、管理責任と品質保証の観点から貸主側が判断します。
- 借主が独自に行った補修や、オーナー判断によるグレードアップ工事は、原則として請求対象になりません。
- 見積や工事内容は、金額よりも「なぜその工事が必要か」を説明できる構造が重要です。
Q&A(修繕・清掃・原状回復工事)
Q18.「自分で業者を手配して直したので、原状回復費用は払わなくていいですよね?」
【考え方の軸:指定業者制と管理責任の所在】
このケースで整理すべきポイントは、「見た目が整っているかどうか」と「管理上、原状回復義務が果たされたと評価できるか」は別問題だという点です。原状回復とは単なる補修作業ではなく、次の募集に耐えうる品質と、管理会社としての責任を回復させるためのプロセスを指します。
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指定業者制の合理性
多くの賃貸借契約で指定業者制を採用しているのは、施工品質を一定に保ち、下地や内部構造の状態を正確に把握・記録するためです。また、施工後に万一不具合が発生した場合でも、アフターフォローの窓口を一本化し、管理責任の所在を明確にする目的があります。 -
無断修繕による管理リスク
借主が独自に手配した修繕は、使用材料や工法が不明であることが多く、不具合が表面上見えなくなっているだけのケースも少なくありません。例えば、下地処理を行わずに表面のみ整えた場合、数ヶ月後に剥がれや変色が生じる可能性があります。その際に、施工した業者と連絡が取れない、責任の所在が曖昧になるといったトラブルが実務では頻発しています。 -
実務上の判断
そのため、無断で行われた修繕については、「品質が担保された原状回復」とは認めず、指定業者による点検および必要に応じた再施工を求めるのが管理上の原則です。これは借主への制裁ではなく、建物の資産価値と次の入居者への責任を守るために不可欠な対応です。
実務での説明では、「直していただいたお気持ちは理解しますが、弊社が次に貸し出す際の品質保証やアフター対応を請け負えない業者での施工は、管理上お受けできません」という軸で伝えると、話が整理されやすくなります。あわせて、契約書に定められた「修繕は貸主の指定業者で行う」旨の条項を示し、なぜそのルールが必要なのか(将来の品質保証のため)を丁寧に説明することが重要です。
Q19.「残置物がある状態でも、明け渡しは完了したと言えるのですか?」
【考え方の軸:明け渡しは「占有の移転」と「動産の収去」がセット。残置物がある限り、義務は継続している】
この論点で実務者がまず押さえるべきなのは、原状回復義務には「室内を空の状態に戻すこと(動産の収去)」が含まれるという点です。たとえ鍵が返却されていたとしても、家具や私物、ゴミなどが残された状態は、法的には明け渡しが完全に履行されたとは評価されません。
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残置物は「義務不履行」による実害を生む
残置物の放置は、単なる汚れや損耗とは異なり、次の募集や原状回復工事そのものを妨げます。その結果、撤去・処分費用だけでなく、処分完了までの期間について賃料相当額の損害金が発生する可能性もあります。実務上は、それほど重い責任を伴う行為だと理解しておく必要があります。 -
無断処分は危険:「自力救済」の法的リスク
借主が放置した物であっても、貸主や管理会社が独断で処分すると、所有権侵害としてトラブルに発展するおそれがあります。これを防ぐためには、契約書や退去届において、「残置物は所有権を放棄し、貸主側で処分することに同意する」旨を明記し、事前に合意を得ておくことが極めて重要です。 -
「まだ使えるから譲ったつもり」という主張の整理
借主が「使える物なので置いていった」「次の入居者に使ってほしい」と主張しても、貸主側が明確に受け取る意思を示していなければ、それは単なる残置物に過ぎません。管理実務では価値判断は主観に左右されるため、撤去に要した人件費・運搬費・処分費について、合理的な範囲で借主負担と整理する正当性があります。
実務上の説明では、「明け渡しは『鍵の返却』と『お荷物の完全撤去』が揃って初めて完了します。残置物がある場合、撤去費用や、その期間の損害が発生する可能性があります」と、事実とルールを淡々と伝えるのが効果的です。早い段階で所有権放棄の意思をメール等で確認し、記録として残しておくことが、迅速な原状回復とトラブル回避につながります。
Q20.「残置物の処分費用は、誰が負担するのですか?」
【考え方の軸:処分費用は「原因者負担」が原則。借主の収去義務不履行によって発生した「実費」を請求する】
この論点でまず整理すべきなのは、残置物の処分費用は原状回復の一部として発生する、損害賠償的な性質を持つ「実費」であるという点です。本来、借主が自ら搬出・処分すべき私物を放置した結果、貸主や管理会社が代行して支出した費用であるため、その負担は原因者である借主に帰属します。
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請求の正当性を支える「証拠」の提示
処分費用を請求する際は、金額だけでなく、「何が」「どの程度」残されていたのかを示す写真記録と、業者の作業報告書や処分証明(マニフェスト等)を併せて提示します。事実と金額の因果関係を可視化することで、感情的な反発を抑え、納得感を高めることができます。 -
「適正価格」であることの丁寧な説明
残置物の処分は、一般家庭ゴミとは異なり、事業者による「事業系廃棄物」としての処理が必要になります。そのため、「人件費」「運搬費」「処分場での処理費」などが発生し、一般的な感覚より高額になるケースも少なくありません。法令に則った適正処理であることを内訳とともに説明することが重要です。 -
敷金充当と精算順位の整理
残置物処分費用は、未払賃料や他の原状回復費用と同様、敷金から充当できる項目です。精算書では「原状回復費用(残置物撤去含む)」として整理し、敷金で不足する場合は、他の修繕費と合わせて不足額を請求するという一貫した精算フローを維持します。
実務上の説明では、「本来はお客様に搬出していただくべきお荷物でしたが、残されたため弊社で処分を代行しました。費用は見積書・作業報告書の通り、実際にかかった実費です」と、代行業務としての実費請求である点を冷静に伝えるのが有効です。事実と算定根拠を積み上げて示すことが、円滑な精算につながります。
Q21.「残置物を処分する前に、借主への通知や猶予期間は必要ですか?」
【考え方の軸:法的リスク回避には「通知・猶予」が原則。実務の効率化には「事前の放棄合意」の活用が鍵となる】
この論点でまず整理すべきなのは、残置物は借主の所有物である以上、無断処分は「所有権侵害」や「自力救済の禁止」に抵触するリスクがあるという点です。たとえ明け渡し後であっても、一定の確認プロセスを踏むことが、管理会社とオーナーを守る基本動作となります。
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原則:通知と猶予による「抗弁余地」の遮断
実務上、最も安全なのは、残置物の存在と処分予定日を明確に通知し、借主に最終判断の機会を与えることです。- 猶予期間:1週間〜10日程度が一般的ですが、物量や事情に応じて合理的に設定します。
- 証拠化:メール送信履歴、通話記録、重要物件では特定記録郵便など、「伝達した事実」を客観的に残すことが不可欠です。
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事前合意の効力:退去届への「一筆」が実務を救う
契約書や退去届に、「残置物について所有権を放棄し、貸主側で処分することに異議を申し立てない」という条項がある場合、通知を省略、または猶予期間を大幅に短縮できる可能性があります。この事前の意思表示があることで、募集・工事の遅延リスクを最小限に抑えられます。 -
「緊急処分」が許容されやすい特殊ケース
生ゴミや腐敗物、悪臭や害虫発生の原因となる残置物など、建物管理や公衆衛生に支障をきたす場合は、即時処分が正当化されやすい傾向にあります。ただしこの場合でも、処分前後の室内写真と処分明細を確実に残し、後日「なぜ猶予を与えられなかったのか」を説明できる状態にしておく必要があります。
実務上の説明では、「本来は確認が必要なものですが、今回は契約時(または退去届)での合意に基づき、こちらの期日で処分を進めます」と、合意と手続きの正当性を淡々と伝えるのが効果的です。退去案内の段階で「残置物は即処分・実費請求となる」旨を明示しておくことが、最も強力な予防策となります。
Q22.「原状回復工事は、どこまで行えばよいのですか?」
【考え方の軸:原状回復は「使用前の状態に近づける」ことであり、「新品にする」「価値を高める」ことではない】
この質問で実務者が最も注意すべきなのは、原状回復とリニューアル(価値向上工事)を混同しないことです。原状回復の目的は、あくまで「借主の使用によって生じた損耗・汚損を是正し、賃貸物件として次の募集が可能な状態に戻す」ことであり、過度な品質向上までを借主に負担させることは法的に認められていません。
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判断基準は「機能の回復」と「募集の適格性」
工事の要否は、担当者の感覚ではなく、次のような客観的指標で判断します。- 機能的欠陥:設備が正常に作動するか、内装材に破れ・腐食などの機能不全が生じていないか。
- 審美的欠陥(募集支障):通常損耗の範囲を超え、次の入居者が不快感や不潔感を抱くような特異な汚れ・傷・臭いが残っていないか。
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「最小単位」での是正による信頼性の確保
ガイドライン実務では、原状回復は「汚損が生じた箇所のみ」を是正するのが原則です。「ついでに全体をきれいにしたい」という意向で、汚損していない面まで含めて施工する場合、その増分は貸主側のグレードアップ費用として整理すべきです。借主へ請求する範囲を必要最小限に抑えることで、精算全体の妥当性と説得力が担保されます。 -
「工事範囲」と「負担割合」を切り分けて考える
「壁紙が破れているため全面貼り替えが必要」という判断(工事の実施)自体は正しくても、その費用の全額を借主が負担するとは限りません。耐用年数の経過を考慮し、「工事は必要だが、借主が負担すべきなのは残存価値分のみ」という二段階の整理を行うことが、トラブルを防ぐ実務上の鉄則です。
実務上の説明では、「原状回復は、お部屋を新品にアップグレードする工事ではありません。今回付着した汚損のうち、次の入居者募集に支障が出る部分に限定して修繕内容を整理しています」と伝えるのが有効です。第三者視点で工事範囲を精査していることを示すことで、借主・オーナー双方からの納得を得やすくなります。
Q23.「一部しか汚れていないのに、なぜクロスを一面貼り替えるのですか?」
【考え方の軸:原状回復は「汚れを消す」だけでなく「商品価値を回復させる」こと。施工の最小単位としての『一面』を説明する】
この質問で実務者が説明すべきポイントは、「原状回復は最小限の範囲が原則だが、補修跡が残る状態では回復したとは言えない」という点です。原状回復ガイドラインは部分的な修繕を基本としていますが、仕上がりの不自然さによって募集に支障が出る場合まで、部分補修を強制しているわけではありません。
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部分補修(パッチワーク)が不合理になる理由
クロスは製造ロットごとの色差や、経年による日焼け・褪色が必ず生じます。そのため、汚損箇所のみを切り取って貼り替えると、次のような状態になりやすくなります。- 継ぎ目が浮いたり、色味の差がはっきり出たりする
- 質感の違いにより、一目で「補修跡」と分かる状態になる
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ガイドラインが示す「施工の最小単位」という考え方
原状回復ガイドラインにおいても、部分補修によってかえって見栄えが悪くなる場合は、天井から床までの「一面単位」での貼り替えが合理的な対応として認められています。これは貸主側の利益を増やすための工事ではなく、自然な統一感を保つために必要な「修繕上の最小単位」です。 -
「工事の必要性」と「費用負担」を分けて考える
一面貼り替えが必要だからといって、その費用すべてを借主に負担させるわけではありません。- 工事範囲:商品価値を回復させるために「一面」での施工が必要。
- 費用負担:経過年数(耐用年数6年で1円)を考慮し、借主が負担するのは汚損に対応する「残存価値分」のみ。
実務上の説明では、「一部だけ直すと補修跡が目立ち、次の募集に使えない状態になります。そのため一面での施工が必要ですが、費用については〇〇様がつけた汚損分として、経過年数を差し引いた金額で算定しています」と伝えるのが効果的です。施工判断と精算ロジックを切り分けて説明することで、借主の納得感は格段に高まります。
Q24.「原状回復工事の業者は、借主が指定できないのですか?」
【考え方の軸:業者指定は「価格の強制」ではなく、「施工品質の保証と責任の所在」を明確にするために行われる】
この質問に対し、実務者がまず整理すべきなのは、原状回復工事は「工事が終われば完了」ではなく、そこから次の数年間の賃貸運営が始まるという点です。借主が自由に業者を選べないのは、施工の「プロセス」と「結果」に対して、管理会社がオーナーや次順位の入居者へ責任を負う立場にあるためです。
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指定業者制の本質は「アフターメンテナンスの担保」
管理会社が業者を指定する最大の理由は、施工後に不具合(クロスの剥がれ、設備の動作不良など)が生じた場合でも、責任の所在を一本化し、迅速に対応できる体制を維持するためです。借主手配の業者では、入居後に問題が発覚した際に連絡が取れない、あるいは責任の押し付け合いになるリスクがあり、結果として物件全体の管理品質が損なわれかねません。 -
見えない箇所の「施工基準」を統一する必要性
原状回復工事は、表面を綺麗にするだけの作業ではありません。下地処理や材料選定、施工手順といった目に見えない部分の品質が、その後の耐久性や不具合発生率を大きく左右します。指定業者は、物件の構造や過去の修繕履歴を踏まえ、管理会社が定めた統一基準に基づいて施工を行うため、品質のばらつきを防ぐことができます。 -
契約に基づく管理権限の行使
多くの賃貸借契約で「修繕は貸主指定業者で行う」と定められているのは、建物の維持管理に関する最終的な責任が貸主側にあるためです。これは借主の経済的利益を不当に制限するものではなく、「良好な住環境を継続的に提供する」という貸主の義務を果たすための合理的な運用と位置づけられています。
実務上の説明では、「業者指定は費用を高くするための仕組みではありません。施工後の品質に弊社が責任を持ち、次に住まわれる方にも安心してお貸しするための体制です」と伝えるのが有効です。単なるルールではなく、物件と入居者双方を守るための管理責任として説明することで、不必要な不信感を和らげることができます。
Q25.「指定業者の見積りが高い気がします。本当に相場通りですか?」
【考え方の軸:「安さ」だけでなく「確実性・責任範囲・前提条件」をセットで比較する。原状回復の見積りはトータルコストで考える】
この指摘を受けた際に実務者が意識すべきなのは、原状回復の見積りは単なる「物の値段」ではなく、「工事品質とトラブル防止を含めた管理パッケージ」であるという点です。インターネット上の最安値や知人業者との比較は、施工条件や責任範囲が揃っていないケースがほとんどです。
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見積りの差は「安心料」と「責任の所在」の差
指定業者の見積りには、単なる施工費に加え、以下の要素が含まれています。- 工程管理:次の募集・入居スケジュールを前提とした工期管理
- 近隣配慮:共用部養生、騒音・マナー対応を含めた現場管理
- 品質保証:施工後の剥がれや不具合に対する無償補修体制
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「相場比較」が成立しない典型例
格安業者の価格は、「材料支給」「下地処理なし」「工期指定不可」「保証なし」といった限定条件を前提としていることが多くあります。賃貸経営では、こうした条件不足がそのままオーナー様や次の借主様へのリスクとなります。同じ品質・同じ責任・同じ保証条件で比較しなければ、相場という言葉は成立しません。 -
内訳を示すことで「感覚論」を排除する
「高い」という感覚的な反論に対しては、見積書の内訳を分解して説明することが有効です。材料費、施工費、処分費などについて、なぜその費用が必要なのか、どの法規制(産廃処理法等)に基づくものかを事実として示すことで、感情論を実務的な合意へと戻すことができます。
実務上の説明では、「こちらの見積りは施工費だけでなく、施工後の品質保証と、次の方に安心してお貸しするための管理責任まで含んだ内容です」と伝えるのが有効です。「安いか高いか」ではなく、「誰がどこまで責任を持つのか」という軸に話題を戻すことで、不要な値引き交渉や不信感を抑えることができます。
Q26.「原状回復工事の見積書は、どこまで借主に開示する必要がありますか?」
【考え方の軸:全面開示義務はないが、請求根拠がわかる「項目別内訳」の提示は、合意形成のための不可欠なステップ】
この論点で実務者が整理すべきなのは、見積書の開示は単なる情報提供ではなく、請求の正当性を裏付ける「エビデンス(証拠)」であるという点です。すべての内部資料を開示する必要はありませんが、借主が内容を確認・検証できない状態での請求は、後に紛争へ発展した際、管理会社側に不利に働くリスクを高めます。
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開示すべきは「工事項目・単価・数量」が対応する内訳
借主に対しては、「どの部屋の」「どの汚損に対し」「どの範囲の工事を行うのか」が読み取れるレベルの内訳を示すのが、実務上の誠実な対応です。- OK:壁クロス(洋室A・西面)〇〇㎡ × 単価 = 〇〇円
- NG:原状回復工事一式 〇〇円
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開示を要しない「内部情報」との明確な線引き
管理会社と施工業者との基本契約書、仕入原価、利益率といった情報は企業の内部情報であり、借主に開示する義務はありません。これらは「借主が負担すべき費用の妥当性」とは直接関係のない商取引上の情報です。請求金額の合理性と、自社の収益構造を混同させないという姿勢が重要です。 -
書面だけで終わらせず「算定ロジック」を言葉で補足する
見積書という数字の一覧を渡すだけでなく、ガイドラインに基づく減価償却の考え方や、工事範囲を絞った理由を簡潔に説明することで、借主の理解度は大きく高まります。「資料の通りです」と突き放すのではなく、「この内訳は、こうした考え方で算出しています」と補足する姿勢が、情報の非対称性による不信感を和らげます。
実務上の説明では、「こちらがご請求の根拠となる工事内容と金額の内訳です。施工上の細かな条件や取引情報は管理情報となりますが、算定基準自体はガイドラインに沿って整理しています」と伝えるのが有効です。「隠している」のではなく「適切な範囲で開示している」というスタンスを明確にすることが、円滑な精算完了につながります。
Q27.「オーナーの判断で工事内容を追加した場合、その費用も借主に請求できますか?」
【考え方の軸:原状回復は「マイナスをゼロに戻す」、グレードアップは「ゼロをプラスにする」もの。借主負担は相当因果関係がある範囲に限られる】
この論点で実務者が最も注意すべきなのは、「原状回復工事」と「機能向上・価値向上工事(バリューアップ)」を厳格に切り分けることです。たとえ同一の現場で同時に施工されたとしても、借主へ請求できるのは、借主の使用態様が原因で発生した損害を是正するために不可欠な最小限の費用に限られます。
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請求の限界点:「必要最小限」の具体像
借主負担として整理できるのは、汚損・毀損を解消するために直接必要となった部材と工賃までです。- 原状回復:破損した汎用グレードのクロスを、同等品で貼り替える。
- 追加・更新:デザイン性の高いアクセントクロスへ変更する、耐久性の高い素材へアップグレードする。
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「便乗請求」と評価されるリスク
オーナー判断による全面改装や仕様変更の一部を借主負担に組み込む構成は、特に注意が必要です。裁判例では、貸主が物件価値を高める目的で実施した工事費用を、原状回復費として借主に転嫁することを厳しく否定しています。「どうせ直すなら借主負担で」という整理は、精算全体の正当性を一気に失わせる要因となります。 -
実務で有効な「二本立て見積り」の考え方
混乱を防ぐためには、見積段階から「借主負担分(原状回復)」と「オーナー負担分(バリューアップ)」を明確に分けて整理します。これにより、オーナー様には適切な投資判断の材料を提供でき、借主には「不当な上乗せがない」ことを客観的に示すことができます。
実務上の説明では、「今回の工事には次の募集を見据えた改善も含まれていますが、〇〇様へのご請求は、あくまで汚損を是正するために最低限必要な部分のみに限定しています」と伝えるのが有効です。費用を意図的に区分している事実を示すことで、請求内容の透明性と誠実さが伝わりやすくなります。
まとめ
修繕・清掃・原状回復工事のトラブルは、「どこまで直すべきか」ではなく「なぜその工事が必要なのか」を説明できないことから生じます。工事内容・範囲・業者選定を感覚ではなく、募集合理性・品質管理・再発防止の観点で整理することが、借主・オーナー双方の納得につながります。
用語紹介
- 原状回復工事
- 借主の使用により生じた損耗・汚損を是正し、賃貸物件として再募集可能な状態に戻すための工事。
- 特別清掃
- 通常のハウスクリーニングでは除去できない汚れや臭いに対して行う、分解洗浄・研磨・消臭等の追加作業。
- グレードアップ工事
- 原状回復の範囲を超え、物件の価値向上を目的として行う仕様変更・設備更新工事。原則としてオーナー負担。
- 指定業者
- 施工品質・アフター対応・責任所在を担保するため、管理会社または貸主が指定する修繕・清掃業者。