
はじめに
原状回復の説明で必ず登場するのが、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。ただし、使い方を誤ると「国の基準だから従ってください」という一方的な説明になり、かえってトラブルを招くことがあります。
本記事では、ガイドラインを盾にするのではなく、説明と合意を助ける道具として活用するための実務的な考え方を整理します。
ガイドラインの立ち位置を正しく理解する
まず重要なのは、原状回復ガイドラインは法律ではないという点です。違反すると直ちに違法になるものではありません。
一方で、ガイドラインは裁判所が判断の参考にする資料であり、実務上の共通認識として広く使われています。そのため、無視してよいものでもありません。
実務で押さえておきたい力関係は次のとおりです。
- 原則:ガイドラインの考え方
- 例外:当事者が合意した契約内容(特約)
借主から「ガイドライン違反だ」と言われた場合でも、適法に成立した特約があれば、それが優先される場合があることを理解しておくと、冷静に対応できます。
なお、ガイドラインは数年に一度改訂されています。直近では令和5年改訂が行われており、常に最新の考え方を参照する姿勢が重要です。
ガイドラインを「翻訳」に使う
実務でありがちな失敗が、ガイドラインの文章をそのまま読み上げてしまうことです。専門用語や抽象表現が多く、借主には伝わりにくくなります。
実務での「翻訳」例
×「ガイドラインでは壁紙は6年で1円です」
○「壁紙は、6年使うと価値がほぼ無くなると考えられています。今回は3年お住まいなので、半分は大家さんが負担し、残り半分を基準に計算しますね」
このように、数字の根拠を納得感のある言葉に置き換えることが、実務では重要です。
通常損耗・借主負担の説明にどう使うか
ガイドラインが最も力を発揮するのは、通常損耗と借主負担の線引きです。
まず、「家具の設置跡や日焼けは通常の生活で生じるものなので、ここまでは貸主負担になります」と説明し、そのうえで「一方、この汚損は通常使用を超えています」と切り分けます。
借主の主張を一度受け止めてから説明することで、対立を避けやすくなります。
写真・記録とセットで使う重要性
ガイドラインは、事実が確定していることを前提に使う資料です。入居時・退去時の写真や動画、チェックシートがなければ、ガイドラインを当てはめることができません。
記録を示したうえで、「この状態について、ガイドラインではこう考えます」と説明する。この順序が重要です。
計算表として使わない注意点
ガイドラインは、請求額を自動計算するマニュアルではありません。示しているのは原則的な考え方と判断の方向性です。
実際の修繕範囲や経過年数を踏まえ、借主に説明できる金額になっているかを確認する必要があります。
契約書・特約との関係
ガイドラインは契約書や特約を否定するものではありません。原則はガイドライン、例外は特約という整理ができていれば、「ガイドライン違反だ」と言われるリスクは下がります。
特約がある場合は、なぜガイドラインと異なるのか、その理由と範囲を説明できるようにしておくことが重要です。
ガイドラインを盾にされた時の対応例
実務では、借主から「ガイドラインではこうなっていますよね」と言われる場面があります。その際は、正面から否定しないことがポイントです。
対応例:
「おっしゃる通り、ガイドラインが原則的な考え方です。その上で、今回の契約では〇〇について特約で合意していますので、その内容を一緒に確認させてください」
このようにクッション言葉を入れることで、対立ではなく確認の流れに持ち込めます。
まとめ
原状回復ガイドラインは、借主を説得するための武器ではありません。考え方を共有し、判断基準をそろえるための補助線です。
- ガイドラインは法律ではなく判断の物差し
- 最新版の考え方を参照する姿勢が重要
- 記録・契約・説明と組み合わせて使う
次回はシリーズ最終回として、「原状回復トラブルを防ぐ実務チェックリスト」を紹介し、契約前から退去後までを一気通貫で整理します。
用語紹介
- 原状回復ガイドライン
- 国土交通省が示す、原状回復トラブル防止のための考え方を整理した指針です。
- 特約
- 原則とは異なる負担や条件について、当事者が合意して定めた契約条項を指します。