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はじめに
第2回では、高齢者等終身サポート事業者の支援内容を「身元保証(等サービス)」「死後事務」「見守り」の3つに分け、賃貸の現場で効くのは“お金以外”の支援だと整理しました。
第3回は、その中でもオーナーが最も安心できるポイント、つまり死亡後に物件が止まらないための仕組みを扱います。鍵になるのが「死後事務委任契約」です。
少し難しく見えますが、賃貸実務の言葉に直すと、「亡くなった後に、誰が、どの権限で、退去と残置物を進めるのか」を決めておく契約です。ここが明確になるだけで、現場の混乱は大きく減ります。
なぜ死亡後に「物件が止まる」のか
高齢者の単身入居で起きやすいのは、入居者が亡くなった後に「相続人と連絡が取れない」「誰も意思決定できない」状態になることです。

この状態で管理会社が困る実務は、だいたい次の3つに集約されます。
- 賃貸借契約を誰が解約するのか分からない
- 残置物を誰の同意で処分してよいか分からない
- 鍵の返却、原状回復、費用精算が進まない
オーナー側としては早く次の募集に移りたいのに、手続きが止まると回復まで時間がかかります。焦って自己判断で動くと、残置物の処分をめぐって法的トラブルになりやすいのも現実です。
死後事務委任契約とは何か
死後事務委任契約とは、本人が亡くなった後に行う手続き(死後事務)を、特定の受任者に委任する契約です。受任者は、契約で定めた範囲の手続きを、本人に代わって進めます。
賃貸の現場で特に重要なのは、次の2点です。
- 賃貸借契約の解除(誰が解約の意思表示をするか)
- 残置物の処理(誰が整理・処分・清掃を進めるか)
ここは「やってくれるはず」ではなく、契約で明確になっているかが全てです。終身サポート事業者が提供する死後事務サービスの核になることが多いのも、この契約です。
「死亡したら契約は終わる?」という誤解と民法上の原則
現場が止まる典型的な落とし穴が、「委任だから、本人が亡くなったら終わるのでは?」という誤解です。
実は、民法第653条では、原則として委任契約は本人の死亡によって終了すると定められています。だからこそ、死後事務委任契約では特約により「委任者の死亡によっても終了しない」旨を明記することが重要です。
実務では、この一文があるかどうかで、死亡後に受任者が「権限がないので動けません」とならずに済みます。賃貸借契約の終了や残置物の処理を“死後に動かす”ための契約なので、ここは必ず押さえたいポイントです。
相続人の権利との競合リスクをどう下げるか
オーナー・管理会社が不安に感じるのは、事業者が残置物を片付けた後に、相続人が現れて「勝手に捨てるな」と争いになるケースです。死後事務委任契約があっても、相続人の権利とぶつかる場面はあり得ます。
そこで、賃貸側の法的リスクを下げるために、入居前(または早い段階)で次の観点を確認しておくことが実務上のコツになります。
- 事業者が相続人(または推定相続人)を把握・調査し、必要に応じて連絡・説明する運用になっているか
- 死亡後の対応方針(解約・残置物・形見分けなど)を、本人の意思として書面化しているか
- 相続人が判明した場合に、契約内容を共有し、同意や調整を行う導線があるか
「死後事務委任契約があるから大丈夫」と思い込むより、相続人との調整を含めて“揉めない段取り”があるかを見極める方が、賃貸実務では安全です。
実務で“止めない”ために確認したいポイント
入居希望者が終身サポート事業者と契約している場合、オーナー・管理会社としては、次の点を確認できると安心です。
1)賃貸借契約の解除の段取りが書かれているか
- 受任者が解約の意思表示を行うのか(誰が、誰に通知するのか)
- どのタイミングでオーナー・管理会社に連絡が来るのか
- 清算(未払い賃料、原状回復費等)をどう扱うのか
2)残置物の処理範囲が明確か
- 処分する/保管する/形見分けの扱いが定まっているか
- 処分方法(業者手配、手順、立ち会いの有無)が決まっているか
- 鍵の管理、室内立ち入りの条件が整理されているか
3)費用の“財布”が分かりやすいか(実費+報酬の考え方)
残置物処理や清掃には費用が発生します。その費用を、誰が、どの財布から、どのルールで支払うのかが不明確だと、結局現場が止まります。
ここで注意したいのは、死後事務の費用が適切な「実費+報酬」として整理されているかです。全財産を寄附させたり、死因贈与で過剰に取得したりするような契約は、相続人とトラブルになりやすく、契約自体が無効と判断されるリスクもあります。
- 預託金の有無と金額、使途が説明されているか
- 追加費用が発生する条件(処分量、特殊清掃、時間外対応など)が明確か
- 不足時の支払い手段(本人資産の引き出し方法、立替ルール等)が整理されているか
4)預託金の管理方法(分別管理・信託管理)を確認する
終身サポートは長期契約になりやすく、将来の死後事務費用として預託金を預かるスキームもあります。オーナー側の視点でも、事業者が途中で撤退・倒産すると「動かす相手がいない」状態になりかねません。
そこで、預託金などの金銭について、次の観点を確認しておくことは、賃貸側のリスク管理に直結します。
- 預かったお金を自社の運営費と混ぜずに分別管理しているか
- 信託口座等で保全するなど、倒産リスクに備えた仕組みがあるか
- 残高の報告や、利用状況の説明が行われる運用になっているか
5)「やらないこと(除外事項)」が明記されているか
トラブルで多いのは「やってくれると思っていたのに対象外だった」という齟齬です。契約書・重要事項説明書などで、次の点が書面化されているかを確認すると安心です。
- やること(対象範囲)
- やらないこと(除外事項)
- 条件付きでやること(追加費用や個別判断が必要なもの)
モデル契約条項をどう使うと実務に効くか
国土交通省・法務省の「残置物の処理等に関するモデル契約条項」は、賃貸の現場で困りやすい部分を、契約条項として整理したものです。
オーナーとしては、これをそのまま導入するというより、次の使い方が現実的です。
- 入居希望者の終身サポート契約を確認する際の“チェック観点”にする
- 管理会社として、自社の賃貸借契約・重要事項説明の設計の参考にする
- 残置物対応を「場当たり」ではなく「手順化」する材料にする
雛形があるだけで、実務は前に進みやすくなります。第5回では、入居前・入居中・死亡時の流れに沿って、現場のフローとして整理します。
よくある質問
Q. 死後事務委任契約があれば、相続人が不明でも退去できますか?
A. 状況によりますが、少なくとも「賃貸借契約の解除」と「残置物の処理」が契約上明確なら、手続きが進む可能性は高まります。相続手続きと切り分けて進められる領域が増えるためです。
Q. 死後事務委任契約の内容は、オーナーが見てもよいものですか?
A. 個人情報の塊なので、全文を求めると角が立つことがあります。ただし、賃貸に関わる範囲(緊急連絡、死亡後の連絡先、退去と残置物の対応範囲)について、書面で確認できる形をお願いするのは現実的です。管理会社が同席し、必要部分だけ確認する形も選択肢になります。
まとめ
死後事務委任契約は、賃貸の現場で一番止まりやすい「退去」と「残置物」を動かすための契約です。
- 死亡後に物件が止まるのは、権限と意思決定者が見えなくなるからです。
- 民法上は委任が死亡で終了するのが原則なので、死後も終了しない特約の明記が重要です。
- 相続人との競合リスクを下げるには、相続人調査・方針共有など“揉めない段取り”があるかを確認することが有効です。
- 解除の段取り、残置物の範囲、費用の財布、預託金の保全(信託等)、除外事項の5点を押さえると、実務の安心感が大きく高まります。
次回(第4回)は、終身サポート事業者の“良し悪し”を見極めるために、ガイドライン準拠のチェックリストとして、オーナー・管理会社が確認できる項目を整理します。「入居者が契約している事業者を、オーナーが評価できる」状態を作ることが、結果としてトラブルを減らします。
用語紹介
- 死後事務委任契約
- 本人の死亡後に行う手続き(葬送、行政手続き、賃貸借の終了や残置物処理など)を受任者に委任する契約を指します。
- 預託金
- 将来の死後事務等に備えて、事業者があらかじめ預かる費用を指します。
- 分別管理
- 預かった金銭を事業者の運営資金と区別して管理することを指します。
- 信託管理
- 預託金を信託口座等で保全し、事業者の倒産等の影響を受けにくくする管理方法を指します。