
はじめに
更新拒絶の話し合いで、ほぼ必ず出てくるのが「立退料はいくら払えばいいのか」という問題です。
オーナーや管理会社としては、金銭で解決できるのであればそうしたい、と考えるのも自然でしょう。
しかし裁判実務では、立退料は正当事由を完成させる切り札として扱われているわけではありません。
本記事では、国土交通省の委託により作成された「借地借家法の更新拒絶等要件に関する調査研究報告書」を参照し、令和元年5月から令和6年3月までの裁判例分析をもとに、立退料の位置づけと実務上の考え方を整理します。
立退料はどのように位置づけられるのか
借地借家法28条では、正当事由の判断にあたり、「財産上の給付の申出」が考慮要素の一つとして挙げられています。立退料は、この財産上の給付に該当します。
重要なのは、立退料が主役ではなく補助的な要素として位置づけられている点です。
裁判所は、賃貸人側事情と賃借人側事情を比較したうえで、両者の不均衡を調整する手段として立退料を評価します。
正当事由における立退料の役割
調査研究報告書によれば、令和期の裁判例では、多くの事案で立退料の申出がなされていると推測されています。
これは、立退料が実務上標準的な調整手段として用いられていることを示しています。
不利益の調整としての立退料
立退料は、借主が被る不利益を金銭的に緩和するためのものです。具体的には、
- 引越費用や移転費用
- 営業休止による損失
- 環境変化による生活上の負担
といった点を補う趣旨で評価されます。
立退料だけで正当事由は完成しない
注意すべきなのは、立退料を提示しても、賃貸人側事情が弱い場合には更新拒絶が否定されることがある点です。
立退料はあくまで「事情を補完するもの」であり、単独で正当事由を成立させるものではありません。
「いくら払えばいいのか」という誤解
実務では、「相場はいくらか」「家賃の何か月分か」といった質問をよく受けます。
しかし裁判例を見ると、立退料の算定に画一的な基準は存在しません。
金額は、個別事案ごとに、次のような事情を踏まえて判断されています。
- 賃借人側事情の強さ(使用期間・代替可能性など)
- 賃貸人側事情の必要性の程度
- 移転に伴う具体的な不利益の内容
「高額だから安心」「低く抑えれば有利」といった単純な話ではありません。
立退料をめぐる実務上の考え方
ポイント1:何を補填する金銭かを整理する
立退料は、理由なく積み上げるものではありません。移転費用、営業補償、生活上の不利益など、何を補填するのかを整理したうえで提示することが重要です。
ポイント2:賃借人側事情との関係を意識する
賃借人側事情が強いほど、立退料による調整の必要性は高まります。逆に、事情が弱い場合には、必ずしも高額な立退料が必要になるわけではありません。
ポイント3:交渉と裁判は切り分けて考える
交渉段階では柔軟な提示が有効なこともありますが、裁判では合理性の説明が求められます。感情的な譲歩ではなく、説明可能な設計が重要です。
まとめ
立退料は、更新拒絶において重要な調整手段ですが、万能ではありません。
賃貸人側事情と賃借人側事情を比較したうえで、その不均衡を調整する役割を果たします。
「いくら払えばいいか」ではなく、「どの不利益をどう補うか」という視点で考えることが、実務では不可欠です。
次回(第6回・最終回)では、これまでの内容を総括し、更新拒絶実務の全体像と注意点を整理します。
用語紹介
- 立退料
- 更新拒絶や明渡しに伴い、借主が被る不利益を緩和するために貸主が支払う金銭です。
- 財産上の給付
- 借地借家法28条において、正当事由の判断要素の一つとして考慮される金銭的な補償を指します。