
はじめに
本シリーズでは、賃貸オーナーが直面しやすい相続トラブルを出発点として、遺言制度の全体像から、各方式の特徴、そして将来検討されているデジタル遺言制度までを解説してきました。
最終回となる今回は、「結局、どの遺言方式を選べばよいのか」という実務的な疑問に答えます。
制度の優劣ではなく、オーナー自身の状況に応じた現実的な選択肢を整理していきます。
これまでのシリーズを振り返る
第1回では、日本の遺言制度の全体像と、賃貸経営において遺言が重要な理由を整理しました。
相続による共有名義が、意思決定の停滞や経営リスクにつながる点を確認しました。
第2回では、自筆証書遺言の仕組みと注意点を解説しました。
手軽に作成できる一方で、形式不備や検認といったリスクがあることが特徴です。
第3回では、公正証書遺言の実務上の強みを整理しました。
費用はかかるものの、確実性と安心感が高く、賃貸オーナーに選ばれやすい方式であることを確認しました。
第4回では、将来の選択肢として検討されているデジタル遺言制度について、背景や制度設計案、海外事例を紹介しました。
遺言方式を選ぶための判断軸
遺言方式を選ぶ際に重要なのは、「どの制度が優れているか」ではありません。
自身の状況に照らして、何を重視すべきかを明確にすることです。
賃貸オーナーの場合、特に意識したい判断軸は次の三点です。
- 相続発生後に、賃貸経営を止めずに引き継げるか
- 相続人間で紛争が起こりにくいか
- 作成・維持にかかる手間と費用が許容範囲か
これらのバランスをどう取るかによって、最適な遺言方式は変わってきます。
ケース別・賃貸オーナーの現実的な選択
ここでは、よくあるケースごとに、現実的な選択肢を整理します。
比較的シンプルな資産構成の場合
物件数が少なく、相続人関係も比較的整理されている場合には、自筆証書遺言を現実的な選択肢として検討する余地があります。
その際は、自筆証書遺言単体で考えるのではなく、形式要件の不備や紛失・改ざんのリスクを防ぐため、法務局の遺言書保管制度を併用することが強く推奨されます。
この二つをセットで考えることで、自筆証書遺言の弱点を大きく補うことができます。
複数物件・複数相続人がいる場合
賃貸不動産を複数所有している場合や、相続人が複数いる場合には、公正証書遺言が現実的な選択となります。
相続発生後の手続きを止めないという観点では、費用以上の価値があると考えられます。
将来の制度変化を見据える場合
デジタル遺言制度は、将来的に有力な選択肢になる可能性があります。
ただし、現時点では利用できないため、今は現行制度の中で対応する必要があります。
デジタル遺言制度と今後の向き合い方
デジタル遺言制度は、遺言作成のハードルを下げる可能性を持っています。
賃貸オーナーにとっても、手間やコストの面でメリットが期待されます。
一方で、本人確認や意思確認の厳格さがどこまで担保されるかなど、制度としての成熟には時間がかかると考えられます。
重要なのは、「制度が整ってから考える」のではなく、現行制度でできる対策を講じつつ、将来の変化に備える姿勢です。
いま取るべき具体的な行動
最後に、賃貸オーナーがいま取るべき行動を整理します。
- 自身の資産と相続関係を一度書き出して整理する
- どの方式が自分に合うか、判断軸に沿って検討する
- 必要に応じて、税理士、弁護士、司法書士などの専門家に相談する
(特に遺産分割や税金対策が複雑な場合)
遺言は「いつか考えるもの」ではなく、賃貸経営を安定して引き継ぐための準備の一つです。
まとめ
賃貸オーナーにとって、遺言は相続対策であると同時に、経営判断の一部でもあります。
自筆証書遺言、公正証書遺言、そして将来のデジタル遺言制度には、それぞれ役割と適した場面があります。
重要なのは、自身の状況に合った方法を選び、早めに行動を起こすことです。
用語紹介
- 自筆証書遺言
- 遺言者本人が全文を手書きして作成する遺言方式です。
- 公正証書遺言
- 公証人が作成し、公証役場で原本を保管する遺言方式です。
- デジタル遺言
- 電子データを前提として作成・保管される新たな遺言方式として検討されている制度です。