
はじめに
賃貸借契約は、締結時点の社会情勢や経済状況を前提として成立しています。しかし、長期間にわたる契約では、その前提が大きく崩れることもあります。こうした場合に重要となるのが「事情変更の原則」です。本記事では、賃料増減額請求の実務に直結するこの原則について、現場で使える視点から整理します。
事情変更の原則とは何か
事情変更の原則とは、契約締結時には予想できなかった事情が大きく変化し、そのまま契約を守らせることが著しく不公平になった場合、契約内容の見直しを認めるという考え方です。
「少し高い気がする」といった主観的な不満や、一時的な景気の波では足りず、契約の根拠が根底から覆るほどの変化が求められます。
根拠となる法的考え方
事情変更の原則は、民法に明文規定があるわけではありませんが、信義誠実の原則(民法第1条第2項)を基礎として、判例上確立されてきた法理です。
賃貸借の分野では、この考え方が具体化されたものとして、借地借家法第32条(賃料増減額請求)が置かれています。同条は、経済事情の変動や周辺相場の変化により賃料が不相当となった場合、将来に向かって賃料の増減を請求できることを定めています。
事情変更の原則が認められる4つの要件
裁判実務では、事情変更の原則が認められるために、次の4つの要件を満たすかが重視されます。
- 事情の変化:契約の前提となっていた事情が、契約後に変化したこと
- 予見不可能性:その変化が、契約締結時に予測できなかったこと
- 帰責事由の不在:事情の変化が、当事者自身の責任によるものでないこと
- 拘束の不当性:元の契約内容をそのまま維持することが著しく不公平であること
これらはいずれか一つ欠けても足りず、総合的に判断されます。
なぜ賃貸管理で問題になるのか
賃貸管理の現場では、「契約書に書いてあるから変更できない」と考えてしまいがちです。しかし、長期契約ほど、経済状況や地域価値が大きく変わる可能性があります。
事情変更の原則を理解していないと、貸主・借主いずれの正当な主張も適切に整理できず、無用な紛争に発展するリスクがあります。
実務で問題になる典型例
事情変更の原則が問題になる代表的な場面には、次のようなケースがあります。
- 近隣相場が大きく上昇し、「周辺家賃が倍近くになったため、賃料を見直したい」という貸主側の主張
- エリアの価値が下落し、「周辺相場と比べて明らかに高いため、賃料を下げてほしい」という借主側の主張
- 近年の急激な物価高騰(インフレ)や、固定資産税の大幅な上昇
いずれも、感覚的な主張ではなく、客観的データによる裏付けが重要になります。
認められる場合・認められない場合
裁判実務では、単に「相場が変わった」という事実だけでなく、その変化が当事者にとって予見不可能であったかが厳しく問われます。
たとえば、契約締結時点で周辺再開発や大型商業施設の建設が明らかだった場合、その後の賃料上昇は事情変更とは認められにくい傾向にあります。
特約との関係(不減額特約など)
実務では、「一定期間は賃料を減額しない」といった不減額特約が契約書に盛り込まれていることがあります。
しかし、借地借家法第32条は強行規定と解されており、特約があっても賃料増減額請求そのものを排除することはできません。事情変更の原則に基づき、請求自体は可能である点を押さえておく必要があります。
実務での使い方と注意点
事情変更の原則を実務で使う際は、感情論ではなく、客観資料を積み重ねることが不可欠です。
- 周辺の成約賃料や募集賃料のデータ
- 公的統計(地価公示、賃料指数など)
- 必要に応じて不動産鑑定士の評価
また、賃料増減額請求は原則として将来に向かって効力を生じる点にも注意が必要です。
まとめ
事情変更の原則は、長期の賃貸借契約を現実に合わせて調整するための重要な考え方です。4つの要件と借地借家法32条の位置づけを理解することで、賃料増減額請求を冷静かつ合理的に進められます。現場では、「変えたいか」ではなく、「変える合理性があるか」という視点を持つことが、トラブル回避につながります。
用語紹介
- 事情変更の原則
- 契約締結後に予測できなかった事情の重大な変化が生じた場合に、契約内容の見直しを認める考え方です。
- 賃料増減額請求
- 経済事情や周辺相場の変動により賃料が不相当となった場合に、将来に向けて賃料の変更を求める請求を指します。