
はじめに
「DIY可」と聞くと、多くのオーナーや管理担当者は、少なからず身構えます。壁に穴を開けられるのではないか、奇抜な内装にされて原状回復が大変になるのではないか。そうした不安は、決して的外れではありません。
ただ、実務の現場をよく見ると、あえてDIYを許可している物件ほど、長く住まれ、丁寧に使われているケースが確かに存在します。つまり問題は「DIYを許すかどうか」ではなく、どのように許すかにあります。自由を放任にしない。裁量を与えつつ、事故やトラブルの芽を先に潰す。この設計ができれば、DIY可賃貸は空室対策として十分に戦略になります。
💡ポイント:DIY可賃貸は「放置」ではなく「設計された自由」で成立します。
DIY可・カスタマイズ型賃貸とは何か
DIY可・カスタマイズ型賃貸とは、入居者が一定のルールのもとで、内装や設備に手を加えることを認めた賃貸物件を指します。ポイントは「何でも自由」ではない点です。成功している物件ほど、どこまでがOKで、どこからがNGかが明確に整理されており、その線引きが募集時点から分かるように言語化されています。
また、DIYは「入居者が自分で施工する」ケースだけを指しません。専門業者に発注する場合も含めて、入居者の意向を反映して改修できる賃貸の仕組みとして捉えると、実務上の設計がしやすくなります。
💡ポイント:DIY可とは「ルールを手放す」ことではなく、「裁量を渡す」ことです。
なぜ「自由」を許す物件が選ばれるのか
背景には、住まいに対する価値観の変化があります。大量供給される画一的な空間に、無意識の疲れを感じ始めている人が増えました。特にリモートワークが定着して以降、住まいは単なる生活拠点ではなく、長時間過ごす「自分の基地」になっています。その基地が自分の手で変えられないことに、息苦しさを覚える人も少なくありません。
DIY可賃貸は、「完成品を借りる」のではなく、「未完成な余白を借りる」という選択肢を提示します。余白があるからこそ、入居者は自分の暮らしを想像し、手を動かし、結果として空間に愛着を持ちます。この愛着は、賃貸経営で最も価値のある要素の一つである「住み替えにくさ」につながります。
💡ポイント:人は「選んだ空間」よりも「関わった空間」に長く留まります。
DIY可が生む本当の価値
DIY可賃貸の価値は、家賃の高さだけでは測れません。むしろ実務的には、居住期間の長さ、退去頻度の低さとして表れることが多い施策です。
自分で手を入れた部屋は、簡単に手放せません。棚一つ、塗った壁一面に、時間と労力が積み重なっているからです。結果として、多少の家賃差や立地条件では住み替えが検討されにくくなり、原状回復費や再募集コストが圧縮されます。これらは「家賃を上げる」のと同じくらい、場合によってはそれ以上に収益へ効きます。
💡ポイント:DIY可は、入居者を「利用者」から「当事者」に変えます。
設計・仕様で失敗しないための考え方
DIY可賃貸で最も重要なのは、ベースとなる内装を「未完成」にしすぎないことです。床や水回りといった生活の質を左右する部分まで入居者任せにすると、不満やトラブルの温床になりやすく、結局は長期入居どころか短期解約のリスクが上がります。
一方で、壁や収納、照明といった「個性を出しやすい部分」に余白を残すと、自由度と快適性のバランスが取れます。ここで実務的に効いてくるのが、DIYのための“仕掛け”です。
具体的には、壁の一部を石膏ボードではなく合板下地にしておくことが有効です。これにより入居者は特別な工具や下地センサーに頼らず棚を設置しやすくなり、落下の不安も小さくなります。さらに、ライティングレール(ダクトレール)を標準装備にすると、入居者が好みの照明へ交換できる「カスタマイズの入り口」になり、内覧時にも価値が伝わりやすくなります。
このように、自由度を上げるほど、実は「何も決めない」のではなく、カスタマイズしやすい初期条件を用意することが重要になります。
💡ポイント:DIYしやすさは、設計段階で8割決まります。
ルール設計と契約実務のポイント
自由を許すほど、ルールの言語化は重要になります。「原状回復は要相談」「常識の範囲で」といった曖昧な表現は、入居者にとっても管理側にとっても不安材料であり、トラブルの原因になります。
実務上、非常に参考になるのが国土交通省が公表している「DIY型賃貸借に関する契約書式例」やガイドブックです。そこでは、DIY型賃貸借を活用する際に、改修内容や明渡し時の原状回復の有無等について、貸主・借主が書面で明確に認識し合意する重要性が示されています。
この枠組みをベースに、物件ごとの「DIY承諾書」や申請フローを整備すると、感覚的な運用から抜け出しやすくなります。言い換えるなら、DIY可賃貸は「契約書を作り込んだ瞬間に、管理しやすい商品になる」ということです。
| カテゴリ | 許可(OK)の例 | 制限(NG)の例 | 理由・ポイント |
|---|---|---|---|
| 内装面 | 壁紙の張り替え・塗装 | 構造壁の解体、躯体への穴あけ | 構造安全性(耐震性)を守るため |
| 収納・造作 | 釘・ビスによる棚の設置 | 部屋を分切る壁の新設 | 避難経路の確保、換気効率の維持 |
| 電気設備 | 照明器具の交換 | コンセント増設、配線変更 | 無資格者の電気工事は火災リスク |
| 水回り | キッチン扉の意匠変更 | 便器・浴槽の交換 | 漏水リスクの管理が困難 |
💡ポイント:DIY可賃貸では、契約書と判断基準表が「最強の管理ツール」になります。
管理・運営で起きやすい課題
管理面で多いのは、「どこまで口を出すべきか」という悩みです。基本は入居者の裁量を尊重する姿勢が重要ですが、安全性や法令に関わる部分は例外です。電気配線や給排水に関わる改変は、必ず事前申請制にするなど、線引きが必要になります。
DIY特有のトラブルとして見落とされがちなのが、工事に伴う騒音や粉塵です。「平日の日中のみ」といった時間制限を設けるだけでも効果はありますが、もう一歩踏み込むなら、大規模な塗装やヤスリがけを行う際に、管理会社へ事前に工程表を提出させるフローを設けると安心です。
また、入居者の工事の質が不安な場合は、プロによる完成検査(立ち会い)を条件にするという手法もあります。自由は認めるが、品質と安全性は担保する。ここまで設計できると、DIY可賃貸は「管理が難しい商品」ではなく、「管理がしやすい商品」に変わります。
💡ポイント:管理とは「制限」ではなく、「事故と近隣トラブルを先に潰す仕組み」です。
出口戦略と原状回復の考え方
DIY可賃貸では、出口戦略も柔軟に考える必要があります。すべてを元に戻す前提にしてしまうと、DIYの魅力そのものが薄れますし、入居者にとっても「結局、全部壊すなら意味がない」と感じやすくなります。
現実には、前の入居者が作った棚や塗装が、そのまま次の入居者にとって魅力になるケースも珍しくありません。つまりDIY可賃貸の原状回復は、「リセット」だけではなく、「良い改修は資産として継承する」という設計が可能です。
重要なのは、戻す・残す・譲るという選択肢を最初から契約と運用に織り込んでおくことです。
💡ポイント:DIY可賃貸の出口は、「原状回復」ではなく「価値の引き継ぎ」を設計する発想です。
まとめ
DIY可・カスタマイズ型賃貸は、リスクの高い手法に見えるかもしれません。しかし、自由を管理できれば、入居者の愛着と長期入居という形で、非常に安定したリターンをもたらします。
成功の鍵は、合板下地やダクトレールといった「DIYしやすい仕様」を先に仕込むこと、国土交通省のDIY型賃貸借の枠組みを踏まえて契約を言語化すること、そして工事中の騒音や品質を管理するフローを用意することです。
次回は、ここまで扱ってきたテーマ賃貸を横断し、「成功する物件と失敗する物件の分かれ目」をチェックリスト化して整理します。
用語紹介
- DIY型賃貸借
- 借主の意向を反映して住宅の改修を行える賃貸借契約や賃貸物件を指します。
- 合板下地
- 壁の下地に合板を用い、ビス留め等の施工性を高める仕様を指します。
- ライティングレール
- 照明器具を差し替え可能にする配線レールで、空間のカスタマイズ性を高めます。