
本件は、飲食店として賃借した店舗で漏水事故が発生し、その原因が床下に設置された排水管の瑕疵であったとして、賃借人が媒介業者に対し損害賠償を求めた事案です。裁判所は、媒介業者には外観から直ちに把握できない排水管の潜在的瑕疵まで調査・説明すべき義務はないとして、賃借人の請求を棄却しました。
事案の概要
賃借人は、飲食店として使用する目的で、建物1階部分の店舗を媒介業者の仲介により賃借しました。契約締結に先立ち、媒介業者は重要事項説明書を交付し、建物や設備について説明を行っていました。
賃借人は内装工事を経て営業を開始しましたが、開店当日、店舗階下の天井から漏水が発生しました。調査と修繕のため、賃借人は約60日間にわたり営業停止を余儀なくされました。
後日の調査により、漏水の原因は、賃貸借契約以前から床下躯体部分に設置されていた排水管のひび割れによるものであることが判明しました。賃借人は、飲食店営業に致命的な支障を来す設備であり、媒介業者は事前にこれを調査・告知すべき義務を負っていたとして、営業損害等の賠償を求めました。
判決の要旨
- 排水管の状態:排水管は経年劣化によりひび割れが生じていたと推認されるが、賃貸借契約締結当時、漏水が実際に発生していたとは認められない。
- 潜在的瑕疵の評価:本件排水管の状態は、外観や通常の確認方法から直ちに把握できるものではなく、潜在的な瑕疵にとどまる。
- 媒介業者の調査義務:媒介業者の義務は、通常の視認、関係者へのヒアリング、既存資料の確認の範囲にとどまり、床を剥がす、配管カメラを挿入するといった破壊検査や専門的な特殊検査まで含まれない。
- 告知義務の有無:媒介業者が排水管の瑕疵やその可能性を認識していたと認めるに足りる証拠はなく、告知義務違反は成立しない。
- 結論:以上から、媒介業者の善管注意義務違反および告知義務違反は否定され、賃借人の請求は棄却された。
位置づけと実務上のポイント
1. 媒介業者は「インスペクター」ではない
本判決は、媒介業者の役割には明確な限界があることを示しています。媒介業者は、建物診断士や設備検査の専門家ではなく、見えない部分まで踏み込んだ調査義務を負うものではありません。
2. 媒介業者責任と賃貸人責任の切り分け
本判決は、あくまで媒介業者の調査・説明義務を否定したものであり、賃貸人(オーナー)の修繕義務や契約不適合責任まで否定したものではありません。設備トラブルの最終的な責任主体は、別途検討される必要があります。
3. 告知書(設備表)が最大の防御策
媒介業者が「瑕疵を認識していなかった」と評価されるためには、賃貸人から設備状況に関する告知書(設備表)を徴求し、不具合の記載がないことを確認・保管しておくことが不可欠です。
4. 飲食店賃貸におけるリスクヘッジ
飲食店では排水トラブルが営業に直結するため、賃借人側で自費による配管カメラ調査を行う、あるいは契約書に「入居後一定期間内の配管トラブルは賃貸人が対応する」といった特約を設けるなど、事前のリスク分担が重要です。媒介業者は、こうした選択肢を提示する「リスクの差配」が求められます。
まとめ
東京地判令和2年10月1日判決は、媒介業者の調査・説明義務が無限定に拡張されるものではないことを明確にしました。飲食店という業態の特殊性があっても、媒介業者は見えない設備の潜在的瑕疵まで責任を負うものではなく、責任分担の整理と事前対策の重要性を示した実務的価値の高い判例です。
用語紹介
- 善管注意義務
- 善良な管理者として通常期待される注意をもって行動すべき義務。
- 告知義務
- 契約締結に際し、相手方の判断に重要な影響を与える事実を説明すべき義務。
- 潜在的瑕疵
- 専門的な検査を行わなければ発見できない、隠れた欠陥。
- 重要事項説明
- 宅地建物取引業者が契約前に行う、物件や取引条件に関する説明。