
はじめに
原状回復トラブルは、退去時に突然起きるように見えて、実際にはもっと前の段階で勝負が決まっていることがほとんどです。契約前の説明、契約書・特約の書き方、入居時・入居中の記録、退去時の対応、請求時の説明方法。これらがバラバラだと、どこかで必ず認識のズレが生まれます。
本記事は、シリーズ全体の内容を時系列で整理した「実務チェックリスト」です。担当者が変わっても判断がぶれないよう、迷ったときに立ち返れる資料として活用してください。
このチェックリストの使い方
このリストは、印刷して入居者ファイルや物件管理マニュアルの表紙に綴じておく使い方を想定しています。退去対応に入る前、請求書を出す前、借主と意見が割れたときなど、節目で見返すだけで「抜け」を減らせます。
現場では「今どのフェーズか」を確認し、このページの該当セクションをチェックしてから次の作業に進むのがおすすめです。
契約前・募集段階
チェックポイント
- 募集図面や口頭説明で、原状回復費用について誤解を与えていないか
- 「退去時に〇〇円かかる」と断定的な説明をしていないか
- クリーニング費用や特約がある場合、曖昧な表現になっていないか
実務のポイント
この段階では、細かい金額よりも考え方を伝えることが重要です。「原状回復は新品に戻すことではない」「通常損耗と借主負担は区別される」「契約内容によって負担が変わる」。この3点を押さえるだけでも「聞いていなかった」という不満を減らせます。
契約書・特約作成
チェックポイント
- 原状回復特約は、原則と例外が整理されているか
- 金額・範囲・条件が具体的に書かれているか
- 抽象的な一文で済ませていないか
実務のポイント
裁判例やガイドラインでは「客観的・一義的に明確か」が重視されます。第三者が読んでも同じ意味に理解できるか、借主が「本来払わなくてよいものを負担する」と認識できるかを確認しましょう。
特約部分を別枠表示し、借主に署名をもらう工夫は、後のトラブル防止に大きく効きます。
契約時説明(重要事項説明)
チェックポイント
- 原状回復の基本的な考え方を口頭で説明しているか
- 特約部分を読み飛ばしていないか
- 「後で読んでください」で済ませていないか
実務のポイント
説明のコツは、ガイドラインをそのまま読むのではなく「翻訳」することです。なぜその特約があるのか、どんな場合に借主負担になるのかを、借主が生活イメージできる言葉に置き換えます。
入居時チェック・記録
チェックポイント
- 入居時の室内状態を写真・動画で残しているか
- 傷・汚れをチェックシートに記録しているか
- 借主と一緒に確認しているか
実務のポイント
最近はスマホで十分です。写真と動画を併用し、クラウドで物件ごとに保存し、日付が分かる形で管理します。この記録があるかどうかで、退去時の説明のしやすさは決定的に変わります。
入居中の対応(退去時の証拠になる)
チェックポイント
- 不具合や相談の連絡を放置していないか
- 借主に自己判断で修理させていないか
- 口頭のみで、記録が残らない対応になっていないか
実務のポイント
入居中のやり取りは、退去時の原状回復判断に直結します。たとえば、結露やカビの発生を借主が認識していながら報告せず、換気などの対応もしないまま放置し、結果として被害が拡大した場合は、善管注意義務違反の有力な証拠になり得ます。
「いつ・何を・どう伝えたか」が記録に残っていれば、退去時の説明に説得力が生まれます。
退去立会い
チェックポイント
- 事実確認に徹しているか
- その場で金額を即答していないか
- 感情的なやり取りになっていないか
実務のポイント
退去立会いは交渉の場ではありません。入居時記録と照らして状態を確認し、借主の話を一度受け止め、判断は持ち帰る。この姿勢が無用な対立を防ぎます。
費用算定・請求(A4根拠資料の同封)
チェックポイント
- 通常損耗と借主負担を分けて説明しているか
- 修繕範囲が最小限になっているか
- 経過年数を考慮しているか
実務のポイント
請求書だけを送るのではなく、A4一枚の「算定根拠説明資料」を同封することをおすすめします。内容は、ガイドラインの考え方、今回の物件での当てはめ方、経過年数や例外の整理を簡潔にまとめたものです。
これがあるだけで「いきなり請求された」という印象を防ぎ、対立を避けやすくなります。
意見が割れた場合の対応
チェックポイント
- ガイドラインを盾にしていないか
- 契約・記録・事実を冷静に整理しているか
- 第三者視点で説明できているか
実務のポイント
「おっしゃる通り原則は〜です」と一度受け止め、その上で契約や記録を一緒に確認する。対立ではなく「確認の場」に変える意識が重要です。
トラブルを防ぐ「黄金の三角形」
このチェックリストを貫くのは、次の3点です。
- 契約(ルール)
- 記録(証拠)
- 対話(説明)
どれか一つが欠けてもトラブルの火種になります。迷ったときは、この3点がそろっているかを確認してください。
まとめ
原状回復トラブルを防ぐ最大のポイントは、特別なテクニックではありません。考え方をそろえ、記録を残し、説明を惜しまない。この積み重ねです。
原状回復は、契約前から始まり、入居中も続き、退去後に結果が出る「継続的な実務」です。本チェックリストを社内マニュアル・新人研修・引き継ぎ資料として活用すれば、担当者が変わっても「揉めにくい原状回復」を維持できます。
用語紹介
- 通常損耗
- 通常の使用により自然に生じる汚れや傷みを指し、原則として貸主負担となるものです。
- 善管注意義務
- 借りた物を社会通念上当たり前の注意を払って大切に使う義務を指します。
- 算定根拠説明資料
- 請求額の考え方や計算の前提をA4一枚程度で整理し、借主に説明するための資料を指します。