
はじめに
不動産の売買・交換・媒介・代理を「業として」行う場合、宅地建物取引業の許可(いわゆる宅建業許可)が必要です。しかし、自己物件の賃貸は原則として許可不要であり、どの行為に許可が要るのか誤解されがちです。本記事では、許可の要否判断から取得要件、費用・期間、許可後の運用、更新・変更、違反リスクまでを実務目線で整理します。
宅建業許可が必要・不要となるケース
必要となる主なケース
- 宅地・建物の売買・交換を反復継続して行う。
- 他人の物件について媒介・代理を反復継続して行い、対価(手数料等)を得る。
- 自己所有であっても短期転売を反復して営利を得る。
不要となる主なケース
- 自己所有物件の賃貸(貸主としての賃貸借)は原則不要。
- 偶発的・一時的な売却(反復性がない)。
- 自社(自宅)内の名義整理等で営利性・反復性がない。
判断の軸は「反復継続性」と「営利性」です。広告・営業体制を整え、対価を得る前提の取引を継続すると、許可が必要になる可能性が高まります。
許可の種類と管轄(知事/大臣)
- 知事許可:事務所(本店・支店)が1都道府県内にのみ設置されている場合。
- 大臣許可:事務所が複数都道府県にまたがる場合。
ここでいう「事務所」は、宅建業の契約行為や取引士の配置・帳簿備付けを行う拠点を指します(単なる連絡所は含まれないのが一般的)。
取得要件(人・体制・場所)
人的要件
- 欠格事由に該当しないこと:法人は役員等、個人は本人、さらに各支店の政令使用人も対象。
- 専任の宅地建物取引士:各事務所に1名以上。専任性(常勤・専業)を満たす配置が必要。
事務所要件
- 独立性:他業と区分された継続的な取引スペースであること。
- 標識・帳簿・固定電話:標識掲示、帳簿備付け、連絡体制の整備。
- 表示・名刺:免許番号、商号、取引態様などの表示ルールに適合。
保証協会加入 or 営業保証金(供託)の比較
営業開始には、顧客保護のための弁済業務保証制度の枠組みが必要です。次のいずれかを選択します。
| 項目 | 保証協会制度を利用 | 営業保証金制度を利用 |
|---|---|---|
| 初期費用 | 入会金・年会費・弁済業務保証金分担金(主たる事務所60万円、従たる事務所30万円など/合計100〜200万円程度) | 主たる事務所1,000万円、従たる事務所500万円/1か所(全額自己資金を供託) |
| 資金拘束 | 分担金等は協会が保管(全額拘束ではなく、退会時に返還対象) | 供託金は法務局に全額供託(解約・還付まで動かせない) |
| スピード | 審査完了後、登録まで比較的短期間で完了 | 供託金の準備や手続きに時間を要し、登録まで長期化しやすい |
| 撤退時 | 退会時に弁済業務保証金分担金の返還精算あり | 取引債権の消滅確認後、供託金が全額還付される |
資金余力・スピード・将来計画を踏まえ、どちらが適切かを判断します。
必要書類・費用・期間の目安
主な提出書類
- 申請書一式、役員一覧、誓約書、身分証明書・登記されていないことの証明書、略歴書
- 事務所の使用権原資料・写真、専任取引士の登録事項証明・従事状況届
- 法人:定款・履歴事項全部証明書/個人:確定申告控 等
費用の目安
- 申請手数料:各自治体基準(数万円程度が一般的)
- 保証協会制度を利用する場合:入会金・年会費・弁済業務保証金分担金(主たる事務所60万円、従たる事務所30万円など/合計100〜200万円程度)
- 営業保証金制度を利用する場合:営業保証金1,000万円(本店)+支店ごと500万円
- その他:標識制作、名刺・帳票、社内体制整備コスト
期間の目安
- 事前準備(書類・体制):2〜4週間
- 審査〜免許交付:1〜2か月程度(自治体・補正有無で前後)
許可取得後の運用チェックリスト
- 標識掲示:事務所・案内所に免許番号等を表示。
- 帳簿・書面交付:35条書面(重要事項説明)・37条書面(契約書)・取引台帳の適正管理。
- 広告表示:取引態様・免許番号・誇大広告禁止の遵守。
- 従業者管理:従業者名簿、宅建士証、専任取引士の常駐(専任性)維持。
- 苦情対応・再発防止:クレーム記録、是正措置、教育の定期化。
更新・変更手続きの実務
更新
- 免許の有効期間を逆算し、必要書類を事前に準備。
- 専任取引士・事務所・体制の実態と申請内容の一致を確認。
変更届
- 商号、代表者、役員、事務所所在地、支店の新設・廃止、専任取引士の異動などは期限内に届出。
- 広告表示・名刺・サイト表記の番号・管轄・表示を即時更新。
違反時のリスクと内部統制
- 無免許営業:刑事罰・行政処分の対象。契約の有効性にも重大な影響。
- 書面不備・誇大広告:指示・業務停止・免許取消等のリスク。
- 内部統制:社内規程(広告・書面・権限)と点検表、教育(年次・新任)の定期化で再発予防。
よくある質問(FAQ)
Q. 自己所有物件を賃貸するだけだが、許可は必要?
A. 原則不要です。売買・交換・媒介・代理を反復継続して行う場合に許可が必要となります。
Q. 他人の物件の売買を代理・媒介して手数料を得るときは?
A. 宅建業に該当する可能性が高く、許可が必要です。
Q. 専任の宅建士が退職した場合の対応は?
A. 専任性が欠けた状態は許されません。速やかに補充し、変更届等の手続きを行ってください。
Q. リモート中心の体制でも「専任」要件を満たせる?
A. 専任は常勤・専業での配置が原則です。各事務所で実体ある勤務実態が求められます。
まとめ
宅建業許可の要否は「反復継続」「営利性」が判断基準です。取得にあたっては、欠格事由の確認、専任取引士の配置、事務所要件の整備、保証協会加入か供託かの選択、書類精度の確保がポイントになります。許可後は表示・書面・帳簿・人員の運用を徹底し、更新・変更を期限内に行うことで、法的リスクと業務停止を回避できます。
用語紹介
- 専任の宅地建物取引士
- 各事務所に常勤・専業で配置が必要な有資格者。重要事項説明・記名押印等を担う。
- 営業保証金
- 消費者保護のために法定額を供託する制度。本店1,000万円、支店500万円が基準。
- 保証協会
- 弁済業務保証金分担金を納付して加入する制度。供託に代えて顧客保護枠組みを満たす。
- 重要事項説明(35条書面)
- 取引の重要情報を宅建士が説明・交付する書面。契約前の必須手続。
- 契約書(37条書面)
- 契約内容を記載して当事者に交付する書面。宅建士の記名押印が必要。
- 誇大広告
- 実際より著しく優良・有利と誤認させる広告の禁止。表示規制に注意。