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はじめに
第4回では、終身サポート事業者を見極めるためのチェックリストを整理しました。本連載を通じて、「高齢者入居はリスクが高い」という漠然とした不安が、「論点を分解し、段取りを決めれば管理できる」という感覚に変わってきたのではないでしょうか。
第5回はその総仕上げです。テーマは「実際に、いつ・誰が・何をすればよいのか」。制度や契約を理解していても、現場で迷ってしまっては意味がありません。本記事では賃貸実務を入居前 → 入居中 → 死亡時の3フェーズに分け、オーナー・管理会社が取るべき行動を具体化します。
なお、実務上は家賃保証会社(お金の保証)と終身サポート事業者(連絡・手続きの実務)が役割分担して初めて、リスク管理が現実的に強くなります。「保証会社があるから大丈夫」で止めず、両輪で整える発想を持っておくと安心です。
フェーズ① 入居前:8割のトラブルはここで防げる
高齢者入居で起きるトラブルの大半は、「入居前の整理不足」に起因します。この段階で確認しておくことで、後工程の難易度は大きく下がります。
入居前に必ず確認したい4点
終身サポート事業者と契約している入居希望者の場合、最低限次の4点を確認します。
- 緊急連絡先として、事業者が24時間機能するか
- 身元保証の範囲(賃貸にどこまで関与するか)
- 死後事務に「賃貸借の終了」と「残置物処理」が含まれるか
- 重要事項説明書(重説)があり、説明を受けているか
ここで大切なのは、契約書を細かく読み込むことではありません。「賃貸実務に直結する部分だけ」を確認できれば十分です。
管理会社が整理しておくと後が楽なこと
管理会社の立場で、次を入居前に整理しておくと、現場の混乱が激減します。
- 緊急時の連絡フロー(誰→誰→誰の順か)
- 鍵の管理方法(安否確認時・死亡時)
- 終身サポート事業者の担当部署・担当者
加えて、実務では事業者の連絡先だけでなく、入居者が事業者と結んでいる「契約の概要」や「緊急連絡先リスト」のコピーを一部保管しておくと安心です。担当者が変わっても判断がぶれにくくなり、「一本の線」が途切れません。
この時点で「何かあったら、まずここに連絡する」という一本の線を引けていれば、実務は安定します。
フェーズ② 入居中:異変対応と認知症対応を「想定内」にする
入居中は日常的に問題が起きないことも多い一方で、高齢者特有の突発事態が発生しやすいフェーズです。
よくある「異変」のサイン
- 新聞や郵便物が溜まっている
- 近隣から「最近見かけない」という連絡が入る
- 電話をしても応答がない
- 室内での転倒・体調急変の疑い
このとき管理会社が最も悩むのが、「いつ、どのタイミングで鍵を開けてよいのか」という判断です。
異変察知時の“安全な実務フロー”
法的リスクを避けるためにも、次の流れを事前に決めておくと安心です。
- 異変を察知したら、まず終身サポート事業者に連絡
- 事業者の判断・手配を待つ
- 原則として、事業者の立ち会いのもとで安否確認を行う
このフローを取ることで、不法侵入や越権行為と評価されるリスクを大きく下げられます。管理会社は単独判断をせず、窓口役に徹することが重要です。
認知症の兆候が見られた場合
第1回で触れた不安の一つが、入居後の認知症です。家賃支払いが不安定になる、契約内容の理解が怪しくなる、近隣トラブルが増えるなどの兆候が見られた場合も、まずは終身サポート事業者に相談するのが基本です。
事業者を通じて、医療・介護サービスへの接続や成年後見制度の検討、家族・関係者との調整が進めば、家賃滞納や近隣トラブルを未然に防ぎやすくなります。管理会社が「本人対応を抱え込まない」ことが、実務安定のポイントです。
フェーズ③ 死亡時:感情と実務を切り分ける
最も神経を使うフェーズですが、同時に「準備の差」が最も表れる場面でもあります。
死亡発覚時の初動
基本的な流れは次のとおりです。
- 警察・救急への連絡(必要に応じて)
- 終身サポート事業者への連絡
- 管理会社・オーナーへの共有
この段階では、残置物処理や契約解除を急がないことが重要です。まずは事業者が主導して、行政・医療・親族との調整を進めます。
死後事務が機能した場合の大きな違い
死後事務委任契約がきちんと機能している場合、流れは驚くほどスムーズです。
- 解約手続き開始の連絡が入る
- 残置物整理・清掃の日程が決まる
- 原状回復・精算へ進む
相続人探しに数ヶ月を費やすことなく、数週間〜1ヶ月程度で原状回復・再募集に進めるケースも珍しくありません。この空室期間の短縮こそが、オーナーにとって最大の経済的メリットです。
各プレイヤーの役割分担を明確にする
ここまでを整理すると、役割は次のように分かれます。
- オーナー:判断主体にならない。重要事項の承認に集中
- 管理会社:窓口・現場調整役。判断を背負い込まない
- 終身サポート事業者:実務の主導役(連絡、調整、死後事務)
この役割分担が明確であるほど、「誰が決めるのか分からない」状態を避けられます。加えて、家賃面のリスクは家賃保証会社で、手続き面のリスクは終身サポート事業者でカバーする、と整理できれば、現場の安心感はさらに高まります。
まとめ
第5回では、高齢者入居における賃貸実務を時系列で整理しました。
- トラブルの多くは「入居前」に防げる
- 入居前に、契約概要・緊急連絡先リストのコピーを保管しておくと担当交代でも迷いにくい
- 入居中の異変対応は、事業者立ち会いを前提にすると法的リスクを下げられる
- 認知症の兆候も、早めに事業者へ繋ぐことで実務が安定する
- 死後事務が機能すれば、空室期間を大幅に短縮できる
高齢者入居は特別対応ではなく、段取り次第で“通常業務に近づけられる分野”です。家賃保証会社(お金)と終身サポート事業者(実務)を両輪で整え、現場が迷わない状態を作っていきましょう。
用語紹介
- 終身サポート事業者
- 身元保証、死後事務、日常生活支援などを契約に基づき提供する民間事業者を指します。
- 重要事項説明書(重説)
- 契約前に、サービス内容や費用、注意点などを説明するための書面を指します。
- 死後事務委任契約
- 本人の死亡後に行う手続き(葬送、行政手続き、賃貸借の終了や残置物処理など)を受任者に委任する契約を指します。
- 家賃保証会社
- 賃料債務など金銭面の保証を担う事業者を指します。